不平不足におかげなし

かんべ むさしさんが『理屈は理屈 神は神』(講談社)で分かりやすい実例を紹介しています。

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明治初年「血の道」すなわち婦人病で、二年間寝たままという女性がいた。

同居家族は、夫と彼女の両親。とにかく、医者よ薬よ加持祈禱よと手を尽くしたが、一向に好転しないので皆が困り果てていた。

そこである時、人に教えられて父親が参詣した。しかし「信心すれば、必ず神様のおかげを受けられる」と言ってもらえたが、祈祷など何もしてくれない。それを物足りなく思ったが、以後は一家で神仏に願っていた。

だが、百日たっても何の変化もないので、信心も打ち捨てようと思ったものの、まあ今一度参ってみようという気になって、父親が参ったところ、こう言われた。

「よう参られたが、お前に話してもわからぬからのう。また、連れそう亭主(豊松)も、少しも信心気がないから、二へんとは言わん、一ぺんだけ連れそう亭主を参らせんさい」

そこで翌日、夫が参ると、お前の家ではどんな信心ができているかと聞かれた。

「へい、日本国中のあらゆる神仏、すべて信心します」

「それはあまりの信心じゃ。そう信心をし過ぎては、おかげがないわい。その中には、ここがありがたいという所はないか。昔から神信心しておかげを受けるのには、一心ということを言おうがな。一心に信心すりゃ、おかげが受けられるのじゃ。」

そして、そちらの信心は一心になっていないと教え、こんな言葉を続けた。

「ここへ信心せえと言うのじゃない。どこでもよい。お前方の好きな所へ信心すりゃ、それでよいのじゃ。人間でも、いよいよ身も心も打ちこんで頼まれりゃ、どうでもこうでも助けてあげにゃならぬという心になって、わが力にかなわぬ時は人に頼んででも助けてあげようが。神も一つこと。ご自分でかなわぬ時は、神から神に頼んででも助けてくださるから、神に力がたらぬということはない。どこでもよいから一心に信心せよと言うのであるぞ。わかったかや」

この言葉を聞いた夫は、まことにもったいなく思い、今までの自分らの信心は信心にも何にもなっていなかったことが悟られ、「今から、こなたへ一心になります」と答えた。すると、

「それはいかぬ。帰って、一家相談のうえでのことにせよ」

と言われた。さらにこんな言葉を続けた。それは妻の日々の態度についてであった。

「まことに執念な者で、常に不足ばかり並べておるが、不足にはおかげはない。(父親が)はじめここへ参った時にも、昨日も今日も、参らんでもよいと言おうがな。それぐらいじゃから、日夜、諸事万事に不足ばかり言うておろうがな。こう言おうが。こう言おうが」

その事例をいくつも挙げて的中させ、それだから病気にもなったし、回復もしないのだ、帰って妻にそれを言い、なるほど自分が悪かったと腹の底から得心がいったら、一家相談の上、好きなところに信心せよと伝えた。そうすれば、病気も治るからと。

驚愕した夫は、宙を飛ぶようにして帰り、病床の妻に聞いてきたこと一切を物語った。すると妻も聞き終えて得心した。

妻「なるほど、もっともです。私はまことに悪い者でありました。ねじけ根性でありました。ほんにご無礼な心を持っておりました。ようまあ、これぐらいな難儀でおられたことじゃ。諸事万事について、不足とわがままよりほかの心はなかった。一寸きざみにせられてもしかたのない人間でありました。改心せんで、どうしますか」

夫「お前がそうなってくれたら、このうえありがたいことはない。家内中それで助かるのじゃから。それなら、どこへ信心するか」

妻「それは、どこじゃない。こういうことを教えてくださったところへ信心せんで、どうしますか」

そこで、翌日また夫が参ると、何も説明せぬうちに、

「よう参られたのう。今度はおかげが受けられるぞ。三週間を楽しんでおかげをいただきなさい。わざに此方まで参らんでも、神は千里が末も一目じゃからのう。うちから信心しておかげをいただきなさい。三里四里を参って来うと思えば、一日の仕事を欠けにゃならず、こづかいもいり、弁当もこしらえにゃならぬからのう」

そして、その通りにしていたところ、十六日目にはじめて頭があがり、二十一日目には二年以前の壮健な時の身と何ら変わらない状態になった。

さっそく夫とともに参詣し、当人、有難さ、もったいなさで言葉も出ず、畳に頭をすりつけ、夢中でお礼の祈念をしていた。

「ありがたいかや」とたずねられたので、ようやく言葉が出て「もう何も申しあげられませぬ」と泣くばかりであった。

「そうかそうか。それは何より結構じゃ。よく、おかげを受けなさったのう。こんなにありがたい心に早くなれば、二か年も難儀せんでもよかったのに。」

と言い、さらに教えた。

これからは、人が痛いと言うて来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたい時のことを思い出して、神に頼んでやりなさい。自分はもう治ったから人のことは知らんというような心を出すと、またこの病気が起きる。今の心でおかげを受けていけば、病気が起こらぬばかりじゃない。子孫の末までおかげを受けられるからな。

妻はその言葉に従い、近所に病人が出れば、神に平癒を祈ってやるようになった。聞き伝えて人が頼みに来るようになり「おかげはぴしぴしと立ってくるので」、その数も増えた。我が身を助けてもらったばかりか、人まで助けさせてもらえるとはと、妻は日夜ありがた涙にむせぶのであった…。

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