私の読書ノート

一冊の本との出会い。それが時に神様からの最高の贈り物となることがあります。

「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」 (新潮社) キングスレイ・フォード著

まず、私が19歳の時に出会ったのが本書でした。この本では、父親(著者)が実生活の具体的な場面を取りあげて、人生にどう向き合うか、目の前の事柄(仕事・学業)にどう取り組むかが述べられています。遅刻が「よし、やろう!」とする周りの人の士気をいかにくじくかということ、失敗(不合格)は努力が足りない(やり方がまずい)からであること、長年働いている社員を意見の相違だけで解雇してはいけないこと、資格の勉強に膨大な時間と労力を注ぐならその1割でもテーブル・マナーについて勉強すること等、一般によく言われていることが、本書では父親が息子に対して真剣に伝えようとしているせいか、私はその一つひとつの言葉に深い感動を覚え、一文一文丁寧に読んだのを今でも覚えています。振り返って、社会人になる前の基本的なことはこの本に負うところが非常に大きいです。

「レ・ミゼラブル」(一)~(五) (新潮文庫) ビクトル・ユーゴー作

教師になる以前のビジネスマン時代だけでも500冊以上の本と出会いましたが、その中でも私の精神世界を大きく開いたのが本書でした。「人間は善と悪、二つの中心を持つ楕円である」。性善説・性悪説と二元論で捉える見方しか知らなかった当時の私には、このどちらも包括する物の見方にそれこそ仰天し、この時も長編ながら一文一文丁寧に読み進めました。
本書では、悪いことに対しては罰する以外にも方法のあることが繰り返し描かれています。逃亡中の主人公が教会から銀の食器を盗んで警察に捕まるも、司祭は「あれは、私たちの食器だったかな?」と泥棒(主人公)をかばう。泥棒は呆然とし、以後、泥棒の人生が司祭の慈悲で大きく転換する姿は、宗教の持つ懐のでかさを垣間見たような気がしました。世間から中傷を受け、危険視されて孤独のうちに亡くなった革命議員の話では、悪いと断罪されるような人でもそれぞれに事情があるという見方にハッとしました。冤罪で法廷に立たされた男の話では、男が嫌疑のみならず、周知の事実である自分の前科まで頑迷に否定した為、陪審員の心証が著しく害され、まさに罰せられそうになります。そして、この場面で作者が読み手に問い掛けてきます「この男に知性の足りないことも認めてあげてはどうか」。私は、是は是、非は非という見方以外にも捉え方があるのかと世の中がひっくり返るほどの衝撃を受けました。その他、本書では物語の描写以外にも至る所に人間に対する深い洞察が作者自身の言葉で語られています。

その他

「忠臣蔵」。人間の心の移り変わりは昔から軽薄と捉えられがちですが、私はこの「忠臣蔵」から、心の移り変わりはむしろ当然であり、当初の約束を守って討ち死にするも、途中で止めるも、人それぞれの了見を尊重して、物事は進めることが大切であると教えられました。

「坂の上の雲」では、企画の立案・実行には事前の周到な準備・確認がいかに大切か、随所で述べられています。主人公の一人が米西戦争の観戦武官として現地に見学へ行った時、砲弾で沈んだ船の弾痕の数を海に潜ってまで調べたシーンは、組織の代表として出張に出る時はここまでするものだと自分に問い掛けました。

「世に棲む日々」では、あれだけ英雄的な行動と成果を残した高杉晋作でも「人生の楽しみから苦しみを引くと3銭しか残らない」という。苦しい時、み教えが素直に受け入れられる時はそれで良いですが、心は常に変化しますから受け入れられない瞬間もあるでしょう。私は、今は何も話すべきではないと感じた時は「浮世の値は3銭ですよ」と言って慰める時もあります。

瀬島龍三さんの自伝「幾山河」では、モノを売り込む時には、相手を買い手として見るのではなくパートナーとして捉える見方にハッと気づき、競合と競り合いながら4、5千万円の契約を続けて獲得した時は、この考え方がとても役に立ちました。また、組織人の心構え「上長は重責を担っている。スタッフの役割は上長の負担を軽減すること」は今の私の血肉になっています。

この教会に参拝される方で、精神的に苦しまれている方が深淵から浮上し始めると、私は軽い労働と、生活にリズムを作ることをまず提案しますが、この二つは「車輪の下」や「レ・ミゼラブル」から学びました。

「天国の五人」では、人の命が波にたとえられているシーンがあります。波はぷかぷかと楽しい時を過ごしていましたが、やがて、他の波が岸で砕けるのに気付くと急に怯え出し「僕たち波はみんな砕けてしまう。みんな何もなくなる。ああ、恐ろしい」と叫びます。すると仲間の波が「バカか。お前は波なんかじゃない。海の一部なんだ」。生きていようが死のうが、自分の命は全体の一部。率直に、死にたくはないですが…。

トルストイの「人生論」では、人間の問題をあらゆる面から研究すると言っても、それは球面と同じように無数にあるのだという洞察に度肝を抜かれ、以来、人生相談として持ち込まれる諸問題に対して型をはめて見てはならないという教訓になりました。

東野圭吾の「手紙」では、犯罪者の兄を持つ家族の様子が描かれています。差別・偏見のない世の中は目指す所ではありますが、私はこの本を通して初めて、現実に差別・偏見に苦悩している方の実情を知りました。そして、その実情においては他の人との繋がりの糸を困難ながらも一本ずつ増やしていくしかないという指針も改めて確認させて頂きました。

以上の本はどれも私が教師の輔命を受ける前に出会ったものです。多忙な生活の中で読書の時間を確保するのは難しいでしょうが、もしかしたらたまたま出会った本が、神様からの最高の贈り物になるかもしれません。

「忠臣蔵」(上)(下)(講談社文庫) 森村誠一
「坂の上の雲」(1)~(8)(文春文庫) 司馬遼太郎
「世に棲む日日」(1)~(4) (文春文庫) 司馬遼太郎
「幾山河」(産経新聞社) 瀬島龍三
「車輪の下」(新潮文庫)  ヘルマン・ヘッセ
「天国の五人」(NHK出版) ミッチ・アルボム
「人生論」 (新潮文庫)  トルストイ
「手紙」 (文春文庫) 東野 圭吾

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